ケンタッキーダービー(Kentucky Derby)はアメリカクラシック三冠の第1冠として、ケンタッキー州ルイビルにあるチャーチルダウンズ競馬場で行われる競馬の競走である。

アメリカ合衆国の競馬における3歳牡馬の最大目標でアメリカの数ある競走としても最高峰のイベントとされ、ブリーダーズカップなどを凌ぐ視聴率や観客動員数を保っている。競馬界のみならずスポーツイベントとしてもアメリカ国内で非常に知名度が高いもので、競走時間から「スポーツの中で最も偉大な2分間」(The Most Exciting Two Minutes in Sports)などと形容される。また優勝馬にはバラのレイが掛けられることから、「ラン・フォー・ザ・ローゼス(Run for the roses)」の通称も持つ。

主なロード・トゥ・ザ・ケンタッキーダービー競走

東海岸地区

競走名 施行競馬場 施行距離 ポイント(1着-2着-3着-4着)
ファウンテンオブユースステークス G2 アメリカ合衆国の旗ガルフストリームパーク D8.5f 50-20-10-5
ゴーサムステークス G3 アメリカ合衆国の旗アケダクト D8.5f 50-20-10-5
タンパベイダービー G2 アメリカ合衆国の旗タンパベイタウンズ D8.5f 50-20-10-5
フロリダダービー G1 アメリカ合衆国の旗ガルフストリームパーク D9f 100-40-20-10
ウッドメモリアルステークス G2[6] アメリカ合衆国の旗アケダクト D9f 100-40-20-10

中部地区

競走名 施行競馬場 施行距離 ポイント(1着-2着-3着-4着)
リズンスターステークス G2 アメリカ合衆国の旗フェアグラウンズ D8.5f 50-20-10-5
レベルステークス G2 アメリカ合衆国の旗オークローンパーク D8.5f 50-20-10-5
スパイラルステークス G3 アメリカ合衆国の旗ターフウェイパーク AW9f 50-20-10-5
サンランドダービー G3 アメリカ合衆国の旗サンランドパーク D9f 50-20-10-5
ルイジアナダービー G2 アメリカ合衆国の旗フェアグラウンズ D9f 100-40-20-10
ブルーグラスステークス G2 アメリカ合衆国の旗キーンランド D9f[7] 100-40-20-10
アーカンソーダービー G1 アメリカ合衆国の旗オークローンパーク D9f 100-40-20-10
レキシントンステークス G3 アメリカ合衆国の旗キーンランド D8.5f[8] 10-4-2-1

西海岸地区

競走名 施行競馬場 施行距離 ポイント(1着-2着-3着-4着)
サンフェリペステークス G2 アメリカ合衆国の旗サンタアニタパーク D8.5f 50-20-10-5
サンタアニタダービー G1 アメリカ合衆国の旗サンタアニタパーク D9f 100-40-20-10

アラブ首長国連邦

競走名 施行競馬場 施行距離 ポイント(1着-2着-3着-4着)
UAEダービー G2 アラブ首長国連邦の旗メイダン D1900m[9] 100-40-20-10

日本(JAPAN ROAD TO THE KENTUCKY DERBY)

競走名 施行競馬場 施行距離 ポイント(1着-2着-3着-4着)
カトレア賞 2歳500万下 日本の旗東京 D1600m 40-16-8-4
ヒヤシンスステークス OP 日本の旗東京 D1600m 50-20-10-5
  • Dはダート、AWはオールウェザーの略。

ケンタッキーダービーの創設は1875年で、当時のチャーチルダウンズ競馬場運営者のメリウェザー・ルイス・クラークによってイギリスのダービーステークスを模範として創設された。創設当時は本場と同じく1マイル1/2(約2414メートル)で行われており、後の1896年に現在と同じ1マイル1/4に改定された。
アメリカ合衆国では戦争や賭博に対する禁止措置などから開催中止に追い込まれた競走がよく存在するが、ケンタッキーダービーは現在まで一度も中断されたことのない数少ない競走である。また、分割競走なども行われたことがない。
創設当時から大競走として名のあるものであったわけではなく、大馬主のサミュエル・ドイル・リドルやジェームズ・ロバート・キーンなどはケンタッキー州までの輸送を嫌って積極的に出走させなかったくらいであった。しかし1930年当時にはすでに大きな権威とされるようになり、ギャラントフォックスに対する「三冠」の称号とともにケンタッキーダービーの権威は高く定義づけられるものとなった。リドルもその後ウォーアドミラルを出走させている。