クサール (Ksar) は、1920年ごろに活躍したフランスの競走馬である。トウルビヨン(Tourbillon)の父。

父:Bruleur(FR)鹿 1910
母:Kizil Kourgan(FR)栗 1899 F3-n

凱旋門賞(1921,1922年)、ジョッケクルブ賞(1921年)などに優勝した。1931年フランス首位種牡馬。

オムニウム(Omnium II)やキジルクーガン(Kizil Kourgan)を生産したエヴレモン・ド・サンタラリの生産馬である。父ブリュルール(Bruleur)、母キジルクーガンは共にパリ大賞の勝ち馬で、特にキジルクーガンはセプター (Sceptre)を破ったことで知られている。両馬は共にオムニウムを近い祖先に持っており、クサールはオムニウムの2×3の強いインブリードを持っていた。
1歳時、テディ (Teddy)を生産したエドモン=ブランによって、15万1000フランという非常識なほどの高額で競り落とされた。
しかし彼はクサールの活躍を見ることなく翌年死去、その妻の元で走ることになった。

ブリュルール産駒としては例外的に2歳時から出走し、3歳時にはジョッケクルブ賞や凱旋門賞(第2回)などの大レースを制した。ただし、両親が制したパリ大賞は、圧倒的な人気を集めながらイギリスからの遠征馬レモノラ (Lemonora)の4着に惨敗している。
4歳になっても好成績は続き、凱旋門賞を史上初めて連覇し、カドラン賞にも勝った。クサールは第一次世界大戦後のフランス最強馬と評価されることもある。

1932年から1935年までブラン婦人のジャルディ牧場で供用。
1931年にはトウルビヨンが活躍し、フランス首位種牡馬を獲得。
1935年以降はアメリカ合衆国のモンタナホールスタッド(ヴァージニア州)に移動した。
1937年の夏に内臓出血のため死亡、19歳。

父方の直系子孫はトウルビヨンの子孫が主である。
フランスや日本で一時期繁栄し、現在でもアイルランドを中心に少数が活躍している。この他にフォモールの子孫が障害競走分野で活躍した。
馬術分野で成功した子孫もいる。

<主な産駒>
トウルビヨン(Tourbillon) – ジョッケクルブ賞、リュパン賞。フランス首位種牡馬3回。トウルビヨン系の祖
ルクサール(Le Ksar) – 2000ギニー
トール(Thor) – ジョッケクルブ賞、カドラン賞。気性が荒く1944年にフランスを占領したドイツの兵士2名を殺害
フォモール(Formor) – 障害競走の名種牡馬
アムフォルタ(Amfortas) – ガネー賞
ウクラニア(Ukrania) – ディアヌ賞
コンフィダンス(Confidence) – ドーヴィル大賞典
カステルフサノ(Castel Fusano) – リュパン賞
<主な牝の産駒>
ルパシャ(Le Pacha) – ジョッケクルブ賞、ロイヤルオーク賞、パリ大賞、凱旋門賞
クサールデスプリ(Ksar d’Esprit) – ローマオリンピック馬術障害飛越(団体)銀メダル