シアトルスルー (Seattle Slew) は、アメリカ合衆国の競走馬、および種牡馬。

1974年2月15日生 黒鹿毛 牡
父:Bold Reasoning
母: My Charmer 牝系F13-c

1977年に史上初の無敗でのアメリカ三冠を達成した(三冠馬としては10頭目)。

名前の由来は共同馬主であるテイラー夫妻の出身地「シアトル」と、ヒル夫妻の出身地であるフロリダ州の湿地地帯「スルー」より。

シアトルスルーは1974年2月15日、アメリカケンタッキー州の5、6頭の繁殖牝馬を繋養する小さな牧場で生まれた。
父のボールドリーズニングは種付け料が14万円と安く、シアトルスルーはその初年度産駒にあたる。
ボールドリーズニングは3年間供用されたあと種付け中に牝馬に蹴られ、そのときの怪我がもとで死亡した。
母のマイチャーマーはフェアグラウンドオークスなど6勝をあげたものの、血統的には地味な繁殖牝馬であった。
シアトルスルーは生まれつき右後脚が外向(外向きに曲がっていること)して見栄えが悪い馬であった。さらに体ばかりが大きくて、それにも増して顔が大きく、尻尾はポニーのように短いという容貌から、牧場でつけられたあだなは「醜いアヒルの子」であった。

1975年夏、生産者のベン・キャッスルマンはキーンランド競馬場で行われたセリ市に出品したが、主催者による審査を通過した馬のみが上場される選抜セリ市への出品は認められず、一般セリ市へ出品された。
ここで獣医師のジム・ヒル夫妻と材木商のミッキー・テイラー夫妻によって1万7500ドルで落札された。
4人は協議の結果、ミッキー・テイラーの妻カレン・テイラーの名義でシアトルスルーを所有することにした。

競走馬引退後シアトルスルーはケンタッキー州のスペンドスリフト牧場で種牡馬となった(1986年からはスリーチムニーズファームで繋養)。
引退前の1978年2月にシンジケートが組まれており、その総額は1200万ドル(1株30万ドル×40株)であった。種牡馬成績は良好で、1984年は北米リーディングサイアーを獲得した。
2002年の種付けシーズン中に持病の悪化により種付けを中止して、ヒルンデール・ファームに移動して療養されたが、5月7日午前9時に28歳で死亡した。命日はかつてケンタッキーダービーを制した日と同じ日だった。
現在もアメリカではシアトルスルーの子が後継種牡馬として活躍している。日本では2頭のJRAGI競走優勝馬が出ているが、そのうちの1頭であるタイキブリザードはすでに成績不振で種牡馬を引退するなど、アメリカと比べるとそれほど活気のある血統ではない。